『米に生きた男』(左)、『イーハトーヴ通信』(右)

 『岩手、と聞いたとき、「日本のチベット」という言葉を脳裏によぎらせる人びとは、まだいるにちがいありません。イワテという響きから、東北の田舎、ものいわぬ農民、程度の低い後進地というように連想していくふうなのです。  これは大都市生活者に多いのですが、東京や西のほうへ旅をしていて、どこから来たかと尋ねられ、岩手からと答えますと、ふとその人のまなざしが変わる経験を、わたしはたくさん知っています。それは瞬時にすぎないちょっとした「間」のようなものですが、そのごく短い間に、くだんの連想を脳裏によぎらせ、次の対応へと移行するふうなのです。これは、なかなかにおもしろい現象で、わたしにはひそかな愉しみとなります。ですから、「岩手から」と答えたとたん、「あ、千昌夫の・・・・」などと言われると拍子抜けします。』
という序文の書き出しが気になって買った『イーハトーヴ通信』(新潮社版)。本書に出会ったのは、中国との合弁会社の勤務を終え、一関市にある製造会社に赴任してまもなくのころだった。

 本書は、辺地であろうが、逆境であろうが、そこで生きる、その自分を生かしめたいという強い信念で、独自の価値観、方法論をもって、創意を発揮し夢へ近づく行いを持続した人々のことを伝えている。私にとって、岩手のこころがわかる本だった。

 本書の第三信『水稲王』は昭和31年(1956年)に米作日本一になった藤原長作さんが、自費で中国東北部に渡り、寒冷地に適した藤原式稲作法を伝え、画期的な増収をもたらしたことを伝えている。

 中国で仕事をしていたころハルピン市を訪問した。宴会で同じテーブルにいた市の幹部から「一人の日本人が冷害に悩む黒竜江省に、寒冷地に適した稲作法を指導し大きな成果を得た。そのことは黒竜江テレビ局と日本のテレビ局が合作でドラマ化する計画がある」と聞いたことがあった。

 『水稲王』が合作ドラマの話しとよく似ていたので、及川和男さんを訪問したときにそのことを伺った。ドラマ化されるのは及川和男さん原作の『米に生きた男 日中友好水稲王=藤原長作 』、合作ドラマの題名は『北の米』、テレビ岩手が手がけていることがわかった。それからまもなく『北の米』は放映された。感動的なドラマだった。