都会に住む釣り好きの人ならば、否、それのみならず自然指向派の人にとっても、これはまるで天国での暮らしぶりか桃源郷とうつるのではないだろうか。

 そんな世界が二十七編に展開されている。舞台は岩手県。いかに山岳県の山間僻地とは言え、人為を含めて、自然荒廃していくことはさけられない。その自然を、川の様相の変化を描くことによってとらえていく。それにしても豊かな自然の細やかな描写がとても良いのは前著「底なし渕」で了解ずみのことながら、読み進むにつれて自然の中へと引き込まれてしまう。疑似体験ながら、豊かな自然体験をしたような気にさせられてしまうのだからおそろしい。

 『釣りをテーマにした作品群だからイワナ、ヤマメ、サクラマス、アユ、カジカなど魚が登場するのは当然として、そのほかエゾハルゼミ、サンショウウオ、ヤマセミ、ウグイス、マムシ、カメムシと役者が多彩である。なかにはカワシンジュガイやカワマツモ、カワネズミ、カワガラスと名前も形も知らない生物も良好な自然の指標として登場する。そればかりではない。ワラビ、コゴミ、ゼンマイがにょきにょきと林の下草の中から首をもたげている。まるで山菜の絨毯の上を歩いているようだ。(略) それにしてもこの山菜の多さはどうだ。採ってくれといわんばかりではないか。ワラビは小指ほどの太さがある。』などと書かれると、感動を通りこしてうらやましくなってしまう。

 釣りのことだから『誰だって釣れる魚は小さいより大きい方がいいに決まっている』、釣れないよりは釣れるほうがいいのに『誰かが今日は、魚は釣れなくたっていいと言うと、もっともらしくうなずいたりニヤリと笑うヤツはいるが、異を唱える者はめったにいない』と、釣り人の切実な心理をかい間見せたりもする。

 正法眼蔵第十四山水経に、『むかしよりの賢人聖人、水にすむとき、魚をつるあり、人をつるあり、道をつるあり。これともに古来水中の風流なり。さらにすすみて自己をつるあるべし、釣りをつるあるべし、釣りにつらるるあるべし、道につらるるあるべし』とある。

 自然と一体になった境地を後半は言っているのであろうが、本書を読んでいると、これらさまざまな境地が描かれていて面白い。

 豊かな自然は、自我へのこだわりから解放させてくれる妙薬なのかも知れない。そう考えるとますます著者の暮らしぶりがうらやましくなってくる。

(一関市  岩井憲一)


  「イーハトーブ釣り倶楽部」
  著 者   村田 久
  発行所   株式会社小学館
        〒101-8001 東京都千代田区一ツ橋2-3-1