及川和男(おいかわかずお)さん
 一関在住の作家

 1933年、東京池袋に生まれる。戦争で疎開、岩手に住みつく。
 県立一関一高卒業。24年の銀行員生活を経て1976年に退職。在職中より同人誌を中心に作品を発表し、退職後作家生活に入る。小説、ノンフィクション、児童文学など、幅広い活動をしている。1999年、「なんでも相談ひきうけます」で第15回北の児童文学賞を受賞

 日本文芸家協会・日本ペンクラブ・島崎藤村学会会員

1933年10月13日東京池袋に生まれる。
1945年3月、東京大空襲後、福島県南会津に疎開、岩手県九戸村、一戸町奥中山を経て、1946年12月一関に定住。
1952年一関一高卒、岩手銀行入社。帰京・進学の挫折から文学に救いを求め習作をはじめる。
1955年岩手日報社の「北の文学」創刊号に「激流」入選、以後、同誌や、岩手日報(新聞小説賞受賞2回)に作品を発表。鈴木彦次郎氏に師事。三好京三氏らと同人誌を出すなど文学勉強を続ける。
1970年一関の同人誌「街」4号に「雛の記憶」発表。同作品が翌年4月「民主文学」に掲載されたのを契機に、日本民主主義文学同盟に参加。
1974年『深き流れとなりて』を処女出版。翌年第7回多喜二・百合子賞受賞。
1976年岩手銀行退職、作家専業となる。
1984年『村長ありき 沢内村深沢晟雄の生涯』(新潮社)刊行、NHKで放送、劇団銅鑼により劇化(「燃える雪」)される。
1987年政治と文学の関係に深く傷つき、日本民主主義文学同盟脱退。党派的立場に決別。
1993年『森は呼んででいる』が、第39回青少年読書感想文全国コンクール小学校高学年の課題図書に選定される。
1994年『米に生きた男 日中友好水稲王藤原長作』で第4回農民文化賞受賞。日中合作でテレビドラマ化(「北の米」)、翌年両国で放映。
1995年一関市文化賞受賞。
1999年『なんでも相談ひきうけます』(岩崎書店)で第15回北の児童文学賞受賞。


 
   藤村永遠の恋人 佐藤輔子(本の森)
   村長ありき(新潮社)
   イーハトーヴ通信(新潮社)
   米に生きた男 日中友好水稲王=藤原長作(筑波書房)
   鐘を鳴らして旅立て  みどり学園療育記(新潮社)

   いのち見えるよ(岩崎書店)
   児童文学「なみだの琥珀のナゾ」(岩崎書店)
   児童文学「なんでも相談引き受けます」(岩崎書店)
   森は呼んでいる(岩崎書店)
   テル、ごめんね(岩崎書店)
   母さんは看護婦さん(岩崎書店)
   まぼろしのプレーボール(岩崎書店)
   白い森のふるさと(岩崎書店)
   わらび座修学旅行(岩波書店)

   米に生きた男 日中友好水稲王=藤原長作(筑波書房)
   生命村長 深沢晟雄物語(童心社)

   春の岸辺(みずち書房)
   甲子園への遠い道(北上書房)

   広野を拓く教師たち(あゆみ出版)
   若き命への旅(労働旬報社)

   人間として看護婦として(桐書房)
   命見つめ望み抱き(桐書房)
   いいお産したい(桐書房)
   看護婦の文章読本(桐書房)