釣山公園の木曽五木
--島崎藤村と一関--


木曽五木
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木曽五木の記念植樹 (1993.5.15撮影 佐藤晄僖さん提供)


 木曽五木とは、文豪島崎藤村の代表作『夜明け前』にあるように、木曽の樹木を代表する「ひのき・さわら・あすひ・こうやまき・ねずこ」のことです。

 釣山公園の中腹の西側に、「島崎藤村一関曽遊百年・没後五十年記念植樹」というちいさな標柱があり、そこに木曽五木が植えられています。1993年5月15日、文学の蔵設立委員会という、文学館設立をめざす市民団体が植樹したものです。

 なぜ、一関に木曽五木なのでしょうか。藤村が若き日、東北学院の教師として、明治29年から30年にかけて仙台で過ごし、そこで自らの文学の夜明けを迎えたことは、処女詩集『若菜集』によってよく知られていますが、それよりさらに北の一関に、しかも仙台時代よりも3年も前の明治26年に訪れて滞在したという事実があり、これは、研究者を除けば、あまり知られていないことです。

 じつは、そこには、悲しい秘話があったのです。そして、そのことを大事に想う人々が、この一関にいたからこそ、木曽五木の記念植樹はなされたのです。

 植樹された三本ずつの木曽五木は、かつて藤村が訪れて滞在 した一関の街や磐井川を、静かに見下ろしているようです。では、藤村と一関のゆかりをご紹介しましょう。