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昭和1970年、菅原昭二さんが自宅土蔵を改造して、ジャズ喫茶「ベーシー」を開店した。日本一音の良いジャズ喫茶として、全国各地からジャズフアンが訪れ、さまざまな音楽、文芸関係者も立ち寄る「音楽の蔵」だ。師と仰ぐカウント・ベイシーからスウィフティー≠ニ愛称をもらうなど、内外に交友関係が広い。 『狂人日記』や『麻雀放浪記』で知られる色川武大さんは一関のジャズ喫茶「ベーシー」を愛し、度々訪れるうちに「ベーシー」にひかれて一関へ転居したが、残念ながらその1ヶ月後に亡くなった。その遺品は一関市に寄贈され、その際もマスターの菅原昭二さんは多大な貢献をした。村松友視さんもこの店を訪れている。1998年『ベーシーの客』サイン会が「ベーシー」で行われ、サインして頂いた。『ベーシーの客』にも色川武大さんの記述がでてくる。 「ぼくは、ジャズ喫茶のマスターであるが、本当は、根っからのオーディオマニア≠ナある」と、『ジャズ喫茶「ベイシー」の選択』(菅原昭二著 講談社)に菅原さんご自身が書かれている。音へのこだわりはすごい。 平成1995年には、ジャズ評論家の草分けとして知られる故野口久光さん(東京都)が所蔵していた貴重なLPレコードが、野口さんと親交が厚かった菅原さんに寄贈された。「ファンのためベーシーで活用してほしい」との遺族からの申し出によるもの。寄贈されたレコードはジャズを中心にクラシック、ポピュラーなど。LP草創期からの古い物で、まさにレコードの歴史そのもの。中でもデューク・エリントンやルイ・アームストロングのオリジナル盤のコレクションは「世界一級だろう」という貴重品だ。 寄贈されたレコードの枚数を新聞記事を参考に45000枚とホームページに書いたら、菅原さんから「ぼくもわからない枚数をどうしてわかったんだい」と笑われた。45000枚というのは、新聞記者がレコードを搬入したときの荷物の大きさから計算したものだったようだ。 |