樹の種類
 豪雪の中で生きていける木はブナの木だけです。そのため、雪国のブナ林では背の高い木はブナだけの純林になっています。林床の小木は雪の下に潜り込んで生きて行けるようにエゾユズリハ、ハイイヌガヤ、ユキツバキなど、矮小化した特別な植物で構成されています。一方、南国では雪が少ないために、他の樹木も生育していけます。そのためブナだけの純林ではなくモミやヒメシャラなどの樹木との混交林になっています。叉、林床の小木も通常の雑木林で見られる樹木が生育しています。

 ブナ林の下層部ではササが多くなります。このササも雪国ではチシマザサ(根曲がりタケ)で、雪の少ない地方ではスズタケです。ブナの原生林には元々ササは生えていません。人間が伐採などを行うと空間が開きます。そこに太陽光が射し込むようになってササが侵入してきたのです。チシマザサは雪の下に潜り込んで冬を越します。雪の外は寒風が吹き荒れていて、温度も低く生きていけませんが、雪の中は暖かいために生きて行けるのです。

 ブナの葉
 日本海側の豪雪地帯のブナは葉が大きく、オオバブナとも呼ばれています。豪雪地帯では遅くまで残雪が残っているため、水分が多く、大きな葉でグイグイと大きく成長していけます。一方、太平洋側の雪の少ない地域のブナは葉が小さく、コハブナと呼ばれています。こちらは残雪が少なく、夏季には乾燥してしまいますから、大きな葉を持っていても水分の吸収が出来ません。そのため、葉を小型化して環境に適応したのです。

 樹肌
 雪が多い地域ほどブナの樹肌は白くなります。日本海側のブナ林では白樺かと見間違うほどの白い樹肌をしています。その上に、地衣類が謎の地図ような図柄を描いていますので、芸術作品を見ているような美しさです。その紋様はどれも同じものはありません。よく白と灰色という地味な色でこれだけ多彩な紋様が描けるものだと感心しました。自然は、人間など足元にも及ばない偉大な芸術家なのです。この紋様が美しいブナ林はブナ林自体が健康的で、生き生きしているように見えます。人間でも東北地方には美人が多いと云われますが、東北地方にはブナ美人が多いようです。一方、雪の少ない地方のブナはそれほど目立って白くならず、アバタのような黒い点々を散りばめていたりします。こちらは男性ブナが多いのでしょうか。

 樹形
 ブナの大木は地域によって樹高や樹形が異なっています。四国や九州の南国のブナの大木は樹高が高く、至る所から枝を四方八方に伸ばしてバケモノのような樹形をしていました。南国ゆえに木がよく育つのでしょう。また雪が少ないので枝折れがないために枝の数も多いのです。

 日本海側のブナは白い樹肌をしてまっすぐに直立して伸びています。樹肌の美しさといい、スマートな姿といい、見ほれるようなブナ林です。これに対して、太平洋側のブナは枝を左右に広げた盆栽のような樹形になるのが特徴です。丹沢の鍋割山や御坂山塊の山々、箱根の三国山ではどの大木も幹の下の方から枝分かれをしていて、太い枝を左右に大きく拡げて、クネクネと枝を曲げながら立ち上がっています。胸高部分で2メートルほどのブナでも枝は左右に10メートルほども広げて、その空間を占有していますので、幹の太さ以上の貫禄を持っています。しかもその姿は全体として一つのまとまりを持っていて、まるで巨大な盆栽のようです。

 ブナの木達は自分が育った環境に応じて、枝や幹を自在に曲げて対応した結果、こんな樹形になったのです。ブナの樹は動物達の持っている五感とは異なった能力を持っています。生き残り競争に勝ち抜いて行くために、自分の生きている環境と真剣勝負した結果、そんな樹形になったのです。だからこんなブナの大木は力強く感じるし、自信を持って生きているように思えるのでしょう。

 一本一本どの大木も同じものはありません。どの大木も見事な芸術作品を見ているようです。こんなブナの大木はどう表現したらこの見事さを伝えることが出来るのでしょう。人間の表現力というのはあまりに貧弱すぎます。ですからこんなブナの真価を理解するためには、実際にブナ林に身を置いて、自分の眼、耳、などの五感の全てを使ってブナ達と一体化する必要があると思います。

 日本海側の多雪地帯ではブナの若木は毎年雪に埋もれ、雪の中でねじ曲げられます。春の雪解けと共に再び立ち上がって成長して行きます。こんな試練の連続の結果ブナの枝や幹はねばり強くなります。一方雪の少ない太平洋側ではこの試練がないために人がのれば簡単におれてしまいます。日本海側のブナ林に生えているユキツバキ、サワグルミ、オオカメノキなどの木々も折ろうとしてもなかなか折れない粘りを持っています。