年に10mも動き「地獄の沙漠」といわれる流動砂丘
 内蒙古自治区・ホルチン沙漠より
 現地の人が「これならオレもやれる」と思える方式を

 私は中国内蒙古の沙漠に「森林農場」をつくつています。
 沙漠を植林緑化する現地活動を始めて10年ですが、はじめの三年ぐらいは全部枯れたり、10%しか活着しなかったり、ようやく活着しても三年目に家畜に食べられてしまつたり・・・・といった失敗などを経て、最近はようやく「囲柵、樹方格防風林」の沙漠森林農場方式に定着しました。

 沙漠を緑化する方法はいろいろありますが、日本では想像できない広大(ホルチン沙漠は500万ha、ゴビ沙漠は5000万ha)な沙漠は、早く全面的に緑化してこそ安定した効果が出ます。研究や記念イベントで行なわれる10ha以下の植林は、施業者の自己満足に終わつています。

 早く緑化を全面展開するには、地元民が「コレならオレもやれる」と自主的な緑化活動をすることがポイントです。いくらすぐれた方法でも、技術が難しい、投資が大さい、収益期が遠いでは、地元民は表向き歓迎しても自分でやろうとはしません。結果としてムダになった例が多いのです。

 私のすすめている「囲柵、樹方格防風林農場」の方式は、私独自のアイデアではなく、地元民のやっていたことをヒントに改良しただけですから、地元民も「コレならオレもやれる」といって、二年前から借金をして自主的な農場づくりを始めました。今、570農場がスタートし、2000年までに2387農場をつくる計画が進行中で、2万haの全面植林緑化が実現の見通しです。

 伝統技術「草方格」との出会い
 私は1990年、中国貴州省に住む少数民族の苗族(ミヤオ)が不耕起で300年間も水稲栽培している現場を見た時、水田水源森林についての苗族と漢族の意識差を知りました。

 そして1991年、のちの樹方格のヒントとなった「草方格(そうほうかく)」に出会いました。北京−蘭州鉄道をトングリ沙漠流砂から守るために、その技術は取り入れられていました。「草方格」とは、砂丘に1m四方にムギワラを半埋めし、その内側に草を植えて流動砂丘を固定する技術です。私は、この気の長いやり方に感心する反面、沙漠化進行度に合わせた対策の必要性を強く感じ、1992年から植林を始めました。どこの沙漠も九旱一雨(九年間は旱ばつ、一年だけ雨)で、植林も今年活着しても来年は枯れたり、家畜の食害や人の伐木=・・・・。さんざん試行錯誤の末、ようやくたどりついたのが現在のやり方です。初期投資は大きいのですが、金網で囲うことで家畜食害を防止し、樹方格防風林で流砂を防止し、中にモデル農場をつくり、地元民に作業体験してもらったり、公開展示したりして、納得したらマネをしてもらうようにしています。

 樹方格で流動砂丘を止める
 「樹方格」とは、100m以上の辺をもつ防風林帯格子を連続させ、流動砂丘を固定化し、飛砂、流砂を減少させる植生復活小圏です。

 私は家業に農業と林業(森林組合長12年)をしていたおかげで、風の強い所での農作物、植林幼木が防風林でうまくいっている内外の例を知っていました。広がる沙漠には草方格に代わる樹方格がいいのではと、現地政府林業局に提案したのです。

 「中国でもやっている」という話だったので、現場を見ました。中途半端で成功例は少ない状態でしたが、可能性ありと判断。植林方法も、穴を掘って苗木を植え、かん水するのは能率も成績も悪いので、中国の専門書にあった「開溝造林」方式を採用。馬とブルドーザーによる開溝(水分のある所まで20〜70m掘り上げる)植林に改めて、沙漠森林農場モデル第一号(364ha)を始めたのは1994年の秋でした。
 私の構想に賛同した日本人ボランティア、中国沙漠植林協力隊28名がモデル農場「ウインの森」(当地で教員をしていた戦争残留孤児・立花珠美さんのモンゴル名オユンと、オーストリアのウィーンの森にあやかって命名) に植えた木はもう五mになりました。

 砂の風紋が美しかった流動砂丘の樹方格は、一部風蝕の止まらない部分を除いてほとんどが植被で固定され、自然生態系がよみがえりました。鮮やかな紫の飛燕草が咲き乱れ、小鳥が巣をつくる緑の楽園に発展中、です。

 まず、ポプラを植え、次に間に松を植える
 防風林は、まずポプラ(苗木をつくりやすい、生長が早い)を植え、流砂の止まり具合を見て間にモンゴル松を植えます。ポプラは三年目から急生長して防風林効果を発揮しますが、30年ぐらいで生長が遅くなり、虫害も出るので伐木します。その頃松は10m近くになり、ポプラに代わって防風林になるというしくみで、松の他にも砂棘や紫穂槐も植えて地力培養しています。(囲柵・樹方格方式の森林農場設計図)

 草地は収量二倍
 コーンもイネもできるようになった

 樹方格全体は、地形、土質に従って、固砂林(多品種混交林)三〇%、.草地三〇%、農地三〇%になるよう按配してムリのない生態系づくりをしています。

 草地は、農場外の冬飼料干草刈場(放牧禁止)に比べ二倍の増産で、関係農牧民は冬干草が余り、売っているほどです。農地はコーンを栽培できるょうになり、特に低地につくつた水稲は予想外の多収。低地のない農場ではビニールを敷いて50cmの土をもどして水田をつくりました。ここの反収は450kgで、技術改良すれば700kgも可能とみています。地下水位が高く豊富なのですが、長期的にみて節水技術の開発、普及が急務です。

 沙漠緑化に50年も100年もかけていられない
 モデル農場(現在四カ所)で作業体験をし、その推移、成果をみてきた農牧民で三年目からマネをする者が現われました。地方政府も本格的にのり出し、法令を変えて家族農場制を進めた結果、昨年春に130農場、今春440農場が許可され、囲柵、防風林植林をしています。2000年までに2387農場がつくられます。

 今、森林農場づくりをしているウルスン地方はホルチン沙漠500万haの一部ですが、近隣の100万ha縁化プロジェクトもつくられ中国政府と協議中で、うまく進むと日本のODA事業になり、飛躍的に拡大します。

 最大の課題は資金です。
 現地の苗木代、金網代等現金支出部分は一ha当り3〜5万円ですから、日本でやるとした場合の一ha当り100万円(地拵、苗木、植付、下刈・・・・)以上に比べ30分の1ですが、現金収入一人年間1万円の現地民には大変な負担です。「座して死を待つ (流動砂丘に襲われて離村)よりは借金しても」と植林できる家庭は半分以下で、より貧困な家庭は二人っ子(農村の特例)でも小学校長期欠席、栄養不良、短命を余儀なくされています。経済繁栄、文化生活を満喫している飽食の日本人には想像外の実態で、現代の国際経済システムの犠牲者だと思います。

 沙漠緑化に50年も100年もかけていられません。今年の中国大水害をみるにつけ「文明百年の計は森林にあり」とますます痛感しています。

 私は、現代工業文明のマチガイの代表的結果である地球温暖化を沙漠緑化から防止する志をたてて20年。現地に入って10年にしてやっと入口にたどりつきました。アフリカ、中央アジア等は遠くて費用も高いので欧米にまかせて、漢字で通用するし、風俗習慣も身近な中国大陸でやっています。

 年々、志を同じくする人々がふえ、今まで325人が一回23万円のポケットマネーで現地協力して下さいました。現地に行けなくとも毎日100円貯金をしてくれている人、毎年10万円送金下さる人、さらに毎年100万円似上寄附して下さる方々や、外務省、郵政省、環境庁、緑の募金などの助成もいただき、励まされてやっています。(左写真 1995年9月、稲作初年度の秋。反収450kg!!)

 モデル農場は、最も沙漠化し地元民の放牧利用の低い部分であった所を2020年まで借りています。緑化経営、教育展示を続け、その後地元民に無償返還します。関心のある人、現地体験(小学生との交流、満天の星空観察もできます)をしたい人は連絡下さい。


沙漠ボランティア協会  菊地 豊  
岩手県胆沢郡衣川村大坂51
fax 0197-52-3923


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