「お地蔵さん」の角巻人形(左)と角巻人形(右)

 一関市萩荘の佐藤不二夫さんのお宅を訪ねた。玄関から、案内された居間まで、どこを見ても骨董品、美術品、絵画などのコレクションでいっぱい。その中に、たった一つしか存在しない、イチョウの木で作った自作の「お地蔵さん」の角巻人形ががあった。

 大正6年生まれの佐藤さんは、10年前まで人形作りをしていた。佐藤さんの作品は、かって一関の尾張屋、サンルートホテル、一関市産業祭りの即売会などに出すと、作れば作るだけ売れてしまった。そんな日のことを佐藤さんは、「作ったものが全部売れるのはうれしくなかった。いたずらで作ったものまで売れてしまうのだから」、「手を抜くことができなかったから、一つ一つを作るのに時間がかかった。手がかかるから儲からない。だから誰も後継者はできなかった」と語りながら、手元に残っている作品を見せてくださった。

佐藤不二夫さん作品

 佐藤さんが最初に人形を作ったのは昭和21年、父親と一緒に祭畤(まつるべ)で開拓をやっていて、サクラなどの木がもったいなかったから、当時それを祭畤の産業にしたかった。いろんな木を使ってみたが、昭和24年ころ偶然イチョウを使ったら感じがよかったので、それ以来佐藤さんの作品はイチョウで作られるようになった。

 「イチョウはどこの学校にもある。大きくなると窓をおおい暗くなるので、どこでも喜んで枝を切らせてもらえた。枝を切る時期は3月の休み中がいちばんいい時期だった」と。

 お地蔵さんの人形はたった一つしか作らなかった作品。どうしても譲って欲しいと熱心に通ってきた人もいたが、5年前に亡くなった奥さんが好きな作品だったので、今も大切に残されている。

 「こけしの赤い色はベニバナ、緑はヨモギ、黒は墨、木は六寸五分。これは、子供がおんぶして遊んでころんでも、頭をけがしない大きさだった。大きなこけしができたのは戦後、大人がこけしにちやほやするようになってからだ」など、人形やこけしの話は尽きることがない。

 佐藤さんは、昭和27年から一関中学の教師、一関一高の講師をつとめ、昭和52年からは修紅短大(現麻生短大)でも教鞭をとられた。今度おじゃまするときは、中国の唐三彩、インドネシアの彫刻品、ヒンズーの骨董品などのお話を伺わせていただくことにしてお暇した。(1998.3.20)